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YOU CAN (NOT) REDO.

厨二はじめました。

(ss)標高3メートル

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土曜日の午前9時。まだ広場には人がまばらで、街は寝ぼけナマコといった具合だ。真ん中の広場に組まれた木製ベッドにうつ伏せで寝そべりはじめてから2時間ほど経った頃だろうか。いつのまにか陽が高くなり、眩しさが和らいだ。あと1時間もすれば、市場で振る舞われる酒を目当てに、住人たちがのこのこと顔を出すはずだ。彼らが酔っぱらった頃合いを見計らって、ドブ臭いチーズとスカスカの野菜でも持って帰らされるのだろう。そんな貧乏で、まるきり思慮の欠ける酒飲みだけがこの街に残った。心底憎たらしく、妬ましい。木製ベッドの標高3メートルが、私のなけなしのプライドを守ってくれた。たかが3メートルが、鉄壁のように彼らと私を隔てた。
「何でまた、断酒なんかするのかね」鉄壁のむこうで、野菜カゴを提げた女たちが「男のくせに」と付け加えて眉を顰めた。散々苦しめられてなお、ロクデナシに夢をみる彼女らもまた、軽蔑の対象だった。私は、たとえ退屈であっても考えたかったのだ。酒を飲んで霞がかった頭で青年時代を過ごして搾取され続けるなど、考えられなかった。
「言い遺すことは。」いつの間にか、薄い眼鏡をかけた役人がベッドの横で、ピンとはって待ちくたびれた縄にナイフをあてていた。都から来たエリートだろうか、シミひとつないシャツと折り目正しいお辞儀が汚い広場にそぐわなかった。私は気付けば森を燃やした放火犯ということになっているらしい。莫迦々々しい。この貧困を抜け出すためには森を焼いて畑にするほかなかったのだ。この街ではそんなことも話さなければならないのか。私は口を開けずにうんざりと首を横に振り、錆びた刃が首をはねるのを待っていた。役人がぼそっとつぶやいた。「私も酒飲みを蔑んでいますが、偏屈はいっそう不幸だということを知りました。あなたは愚かな上に、誰からも疎まれる。」

それきり何も、聞こえなくなった。