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YOU CAN (NOT) REDO.

厨二はじめました。

(ss)ビジュアル・ベンダー①(0220ラスト修正)

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「被視の利益」という概念が認知され、ここA市の制度に組み込まれてから数年経つ。この概念の成り立ちには諸説あるが、有力なのは、50年ほど前に十代の女性歌手を中心に身体接触型の集客戦略が横行した際に沸いて出た、女性の持つ性的価値の暴落を防ぐことで彼女らの持つ肉体その他の資源が過剰に性的魅力に割り当てられることを抑制し、もって母性の成育・行使を促す―という自称フェミニストの主張が広く受け入れられたという説が有力だ。

 

香山理沙(仮名)の一日は、「チップ」の支払申請の承認作業からはじまる。携帯型通信端末の専用アプリケーションを開き、支払希望者(ファン)の顔と金額を確認し、ひとつひとつ承認ボタンをタップしていく。一括承認機能は使わず、承認ボタンを押すことで自分の意味を確かめていく。

 

「被視の利益」とは読んで字の如く、視られることで自然に発生する利益を指す。例えば、女子学生の短いスカートから覗く生脚に視線を遣るとしよう。健康な男性であれば、ネズミ捕りにかかるのと同じに自動的に強いられる、神の啓示よりも抗いがたい命令のようなものだが、この行為にチップが発生する。チップの受け渡しは後払いで、男性が対象の女性に対してチップの支払申請を行うか、反対に女性が請求申請を行うことで成立する。

 

香山はベッドの中でじっくりと承認作業を終えると、横でいびきをたてる知らない男に目を遣った。就職難で安定した仕事に就けず、水商売も禁止されたこの清潔な街では楽に稼げる仕事もない。アルバイトの細い給料とチップで生計を立てていたが、今年で27歳になる香山のチップ収入は5年前の1/10まで落ち込んだ。他に食べる術を持たず、ファンに夜を許すことで食いつないでいる。部屋の棚ですっかり埃を被ったパステルカラーのバッグが、部屋をいっそう窮屈にした。

 

チップという名目であるものの、導入当初に想定されていたのは、女性からの請求申請による支払いであり、当時で言うところのセクハラの抑止の効果を見込んでいたし、実際に当初はそういう使われ方をしていた。制度導入初年度に様々な手法により効果測定が行われたが、温暖気候下での女性の露出面積が27%減、職場での男女間にトラブルが22%減と一定の効果が得られたが、翌年度からは状況の変化が見られた。香山が視られることを生業に選んだのも、ちょうどこの時期だ。

 

ジリリリリリリ...と、ケタタマしくも気だるく目覚まし時計が鳴り響いた。うたた寝してしまったようで、すでに男の気配はなく、這い出たままの毛布が抜け殻のようにだらしない。この抜け殻の借主が飛び出したのは、ほんの5分ほど前だろうか。毛布を撫でる手のひらに仄かに伝わる温みにぼんやりとしていると、唐突に、想像し得る中で最も迂闊で不幸なイメージが胸を過った。まさか、と思って電気を流されたように枕元を探し回った。もっとも、枕には箪笥のようにおびただしい数の引き出しがついているわけでもないが、悪い冗談でいやしないかと枕を投げ飛ばし、頬をつねる代わりにベットを何度も手で叩いた。やられた、端末が盗まれている。

 

(多分続ける)