YOU CAN (NOT) REDO.

厨二はじめました。

(ss)グリード・ラブズ・アライブ

f:id:redoing:20170220152723j:image

言葉のないテーブルでカチャカチャと箸だけがすすむ。温かい家庭でも、時折はむわむわとした倦怠が夕飯の食卓にのしかかることはあるが、そういう物とは「我が家のソレ」は明らかに違っていた。安い米の濡れた綿ぼこりのような歯触りが、我が家のソレを殊更に強調した。「ごちそうさま」サリュの言葉が食卓に空回りする。明後日9歳を迎える彼は、ついに誕生日プレゼントをねだってくることは無かった。彼の子供らしくない遠慮と諦観を残念に、悔しく、恥ずかしく思うと同時に、安堵している自分を憎たらしく思う。

曾祖母が倒れてから、60年ほど経つそうだ。天才科学者と敏腕経営者という2つの名を馳せて莫大な富を築いた彼女だが、晩年に大きな病を患う。当時すでに90歳だったが、死んで富を喪うことを恐れたのだろう。その私財のすべてを投じる覚悟で治療を開始したが、ついに完治することはなかった。彼女にかかった治療費は、彼女が立ち上げたすべての事業をすっかり食い潰してしまい、事業を継いだ親戚はみな消息を絶った。今は金貸し稼業を営む私の稼ぎからどうにか延命治療費を捻出している。家業を継がせてもらえなかった私に曾祖母を養う義理はないが、これは遺産目当てで嫁いできた妻へのあてつけのようなものだ。そう自分に言い聞かせて、治療を中止できない本当の理由を頭の隅に追いやった。水で薄めた安ウイスキーが、他人事のようにカロンと氷を鳴らした。

サリュはトントンと大人びた足音をたてて地下階へ繋がる冷えたコンクリート造りの階段を下りていった。一歩降りるたびに、焼けたゴムのような匂いが充満していった。階段を降りきると、薄暗い空間が広がっている。それは確かに部屋であるのだが、部屋の役割を半ば忘れてしまったと言っても差し支えないほどに、何者のいきづかいも感じられなかった。空間の奥には、幾多のも機械が要塞のように組み上げられ、それぞれ忙しなく計器を動かしたり、規則正しくランプを点滅させるなどして虫のように働いていた。近づいてみると、要塞からは何十本もの細い管が伸びているのが分かる。管を目でなぞっていくと、横たわる枯木のような物体があった。「し…くな…の。し…くな…の。」機械の呻くような羽音にかき消されやしないかというほどのか細い声で途切れ途切れに繰り返すそれは、衰弱しきった老婆だった。サリュはその姿を見るなり、ポップコーンのように飛びかかり、老婆の首あたりに手をかけた。もっとも、老婆の身体はすでに人の形をとどめておらず、どちらの先っぽの方に頭がくっついているかもよく分からなかったのだが。

ドアノブをひねるように軽く力を入れれば、老婆の首が容易く折れてしまうことが手のひらから伝わってきた。サリュはこの老婆について、ただ父親から「地下の悪魔には絶対に会いに行ってはいけない」として聞かされていたが、「悪魔」をやっつければ、食卓にはロブ高原の牛肉が並ぶことも、誕生日には最新のゲーム機を3つも4つもプレゼントしてもらえることも、お腹のあたりにできた痣もたちまち消えてしまうことも、他にも色んな温かく黄色い出来事が運ばれてくることを知っていた。ただほんの数秒、この空間の中で初めて感じた「いきづかい」に、事後の後味の悪さを問い質され、幼く賢明なサリュは戸惑ってしまった。

 

3時間後、まるでレーズンのように皺くちゃで赤黒い人形を抱えた、見知らぬ老婆が地下の階段を登ってきた。左手の甲からは、七つも八つも節を持つ昆虫の足のような銀色が無数に生えている。身丈の三倍ほどあるそれらを、老婆は器用に箸を使うのと同じに、身体の一部のように操っているようだった。不気味に動き回ってはカチャカチャと音を鳴らしている。気付けば、どれも朱く染まった先端をこちらに向けていた。